天つかさは,天を巡り司る龍を描いた演舞です。力強くも艶やかな振り付け,和と漢の要素を取り入れた衣装の美しさ,男振りと女振りの配色の妙,記憶に残る旋律をお楽しみください。
そういえば,長らく伝説上の存在となっていた龍の姿を知る者はいないはずですが,なぜ東京花火はその姿を描けるのでしょうか。そのヒントは歌詞と口上に散りばめられていますので,そちらにも耳を傾けながら動画をご覧ください🐉
今、人世に還り咲く
継がれしその名は
天つかさ⸺
開幕の二連拍子木がつかみとしてバッチリ! 続く尺八はピッチベンド強めで,微分音のような響きになっているのも良い! 龍の妖しい雰囲気が効果的に表現されています。道路の外にも目を向けると,横断禁止の標識の横に立っている子が,演舞冒頭の振りを真似しようと頑張っています。最後の特典映像はカッコよさマシマシです😊
さて,天つかさ最大の訴求ポイントはやはり 1:18 からのコーラスパートでしょう。ポップスではここまで分厚いハモリは滅多に聴きませんので新鮮です。
これ以外にも推しポイントはいくつもあって,例えば 5:25 から 5:35 のたった 10 秒間にも,様々な音楽的テクニックが詰め込まれています。琴による下行ペンタトニックスケールが終わった直後に,その続きをピアノがグリッサンドで補うことで,音に深みが出ています。加えて変拍子(いつの間にか四分音符一つ分ズレています)やポリリズム(尺八とベースを比べてみてください)も使用されており,グルーブ感が強まっています。
天つかさの正体は最後の口上で明かされます。
天つ空へ轟くその名は
19 代目東京花火
今,人世に還り咲く
継がれしその名は
天つかさ⸺
ゆらめく袂は龍尾の如く
威風堂々天を揺るがし
東京花火参ります
♪空翳り 現世は泡沫
♪古に伝う語り草
天つ空司るものよ
月影の天を仰ぎ
明けの雲間に姿隠す,と
♪霞たなびき夢誘う
ゆらり揺れる朧月夜に
浮かぶ影は幻か
天地融け合う薄闇切り裂く
雷鳴 刹那にひと光
舞え,息吹くは今ここに
♪波打つ鼓動轟かせ
御空駆ける光
暁へ続く道導
迸る風 身に纏い
巡る永遠の旅路
雲を突き抜け 遥か空へ
人の集まり散じてを
祭り花火に例えれど
散りても集うは人の縁
一期一会の東京花火
♪光受けて 夜の帳に一雫
流れ星のように 願いを乗せて
高く遠く昇れ天つかさ
移ろいゆく春夏秋冬を
果てしなく巡り巡る
永き時代を越え
彼方夜明け告げる
瞳に射し込む朝陽 浮世照らし
祈りを餞に 久遠の果てまで
永遠の旅へ
誇りを抱き 舞い上がれ
天つ空へ轟くその名は
19代目東京花火
天つかさの歌詞を英訳しました。納め動画の訳を参考にしつつも,演舞に通底する時間の流れをより強く感じさせる味付けにしました。また,伝説の龍が東京花火の姿を借りて顕現しているという設定を活かすよう心がけました。
訳の全文は英語版ページで読めます。そこから一部を抜粋して,特にこだわったポイントを説明していきます。
🇯🇵 天を巡りて司る龍の姿を描いた演舞です — 今,人世に還り咲く。継がれしその名は天つかさ。
🇬🇧 Amatsukasa is descending upon us — the majestic dragon that once reigned over and blessed the heavens.
直近の未来を示す現在進行形によって「今」を表しました。還り咲くの “descend” はお気に入りの訳で,天界から人界に何かが降臨してくるイメージを一単語で表現できます。また,キリスト教圏での龍の破滅的な印象を払拭するため “bless” という語を補い,天に恩恵をもたらす良い龍であることを強調しました。
🇬🇧 The sky fades into dusk. Our days are but fleeting bubbles.
実は一番最後まで迷ったのがこの部分です。特に「現世」をどう訳すかが非常に難しく,最新の Gemini や Grok に助けを求めるも結論がなかなか出ず,果てしない議論の末に “days” に落ち着きました。決め手となったのは,空翳り→朧月夜→朝陽という歌詞の時間の流れにフィットする点です。他にも world, life, mortal などの案もありましたが,これらの語は主張が強すぎるため没にしました。
🇯🇵 霞たなびき夢誘う ゆらり揺れる朧月夜に 浮かぶ影は幻か
🇬🇧 Mist trails in the dim sky. One falls into slumber and hardly notices a silhouette against the hazy moon.
ポイントは「幻か」という疑問文を平叙文で訳しているところです。眠すぎて天つかさの影をはっきり認識できない,というように意訳しました。
🇬🇧 Arise and ascend high here and now! Its thundering heartbeat echoes far and near.
原文の「舞え」に対応する “ascend” が,前口上の “descend” と対比になっています。また here and now と far and near でリズムを揃えています。本当は韻を踏んでいるつもりだったのですが,英語での押韻のルールを誤解しており不完全な形になってしまいました。
そもそも花火讃歌を英語でなんと呼ぶかが問題です。この詩は演舞中に歌われるというより読み上げられるものですから,讃歌の直訳である hymn, anthem, ode などは馴染みません。song や lay も同様の理由で不適です。motto にしては長すぎですし,slogan は政治性が強すぎます。繰り返し唱えられる言葉という観点では mantra や formula などもありますが,無意味なお題目という言外の意味があるため困ります。最終的な訳では韻文を意味する “The Verse” としました。固有名詞であることを強調するため The を付け,さらに V を大文字にしています。
🇬🇧 Freshmen gather, juniors scatter — as transient as a fireworks festival.
原文では「人」の属性について言及されていませんが,東京花火に入会する一回生 “freshmen” と引退する三回生 “juniors” であると解釈しました。
「祭り花火」を日本語通りに訳すと festival fireworks になりますが,本訳では語順を入れ替えて fireworks festival にしました。これは賛否が分かれる変更だと思います。三年間しかない花火生活の儚さを打上花火(festival fireworks)が煌めく数秒間に例えている,と解釈する人には受け入れられないでしょう。一方で,東京花火の人の出入りを花火大会(fireworks festival)の人の流れに例えている,とする立場ではむしろ正しい変更と言えます。
🇬🇧 Cherish this time at Tokyo Hanabi, for it’s once in a lifetime.
一生で一度の花火生活を存分に楽しみなさい,という説教の感じにしました。
🇬🇧 Bathed in bright light, it carries hope across the night sky... Fly high and higher... It endures ever-circling seasons and aeons to celebrate the dawn after a long night... Entrusted by the people with grace and hope, Amatsukasa sets out on an eternal pilgrimage.
ラスサビについては原文に忠実に翻訳しつつ,花火っこの人生譚としても読めるよう工夫しました。最初の “Bathed in bright light” は納め動画の訳をそのまま引用しており,誕生間もない赤子が日光の眩しさを初めて知る,と解釈できます。続きの部分は,親の愛情を受けて成長し,長い長い受験期を経て栄光をつかみ取り,周囲に期待されつつ独り立ちする,と読めます。「永遠の旅」は pilgrimage と訳しましたが,この単語には「人生」という別の意味もあります。
中盤に登場する seasons と aeons はそれぞれ原文の「春夏秋冬」と「果てしなく」に対応しますが,これらの単語はどちらも a,e,n,o,s の五種類の文字から出来ています。
🇯🇵 天つ空へ轟くその名は 19代目東京花火
🇬🇧 But what is Amatsukasa in the end? — It is none other than Tokyo Hanabi XIX.
天つかさの正体に気づいていない人の質問と,それに答える人の掛け合いという形にしました。
画像をクリックするとお祭りの様子を見ることが出来ます。富山のよさこい祭りの動画は非常に神秘的で特に見応えがあります。